其ノ銘ハ村正 ? 幕間ノ架空劇 ? / 火輪さん



 〜 ご注意 〜

 この作品には、装甲悪鬼村正本編のネタバレが含まれています。

 本編及び最終章を未プレイ且つ、魔剣真実暴露を避けたい方は、終了されてからどうぞ。

 また本作中には、少々残酷な表現や描写が含まれていますので、お気をつけ下さい。

 なお。この物語は、本編とは一切関係ない「もしも」の展開を妄想したものです。

 あくまでも架空の物語である事をご了承下さい。

 IF故に、だいぶ破綻気味の小話ですが、湊斗景明の決勝進出を支援させて頂きます。



 それでは、湊斗景明が、憎悪に駆られて雪車町一蔵を殺し、呪いによって村正をも殺めてしまった場面(シーン)からどうぞ。







「何故…… 何故だァ!!」

 憎悪に対する、愛情の生贄は支払われた。

 最早手遅れになってから、景明は漸う気付いた。
 雪車町一蔵の目的が、景明の手に依ってこの結末を迎えさせることだったのだと。

「……御堂……
 最後に、お願い……」

 まさしく、「覆水(ふくすい)盆(ぼん)に返らず」である。

 古代中華大陸において、呂子牙(りょしが)という政治家が、離縁した妻に復縁を求められた折、盆の水を零し、この水を元に戻せたら求めに応じようと言って復縁を拒絶したという故事から生まれたこの言葉。
 これは、終わったことには取り返しがつかないという意味に加え、別れた夫婦の仲は元通りにならないことの例えとしても使われる。

「これで……自分を許して。
 貴方はこれで全部、失ったんだから……」

 さらに皮肉な事がある。
 この呂子牙という人物は、武に生きるものならば一度は耳にした事のある、兵法書「六韜」の著者とも伝えられている。
 武に生き、武を憎み、武に捕らわれた呪いの武者、湊斗景明を嘲笑うかのような皮肉。

 諧謔(かいぎゃく)にしては到底笑えぬ。
 もしも笑う者がこの場に居れば、景明は再び怒りに狂ったであろう。

「最後に残っていた、大切なものまで。
 ……ね。そのくらいの自負は私に持たせてくれるでしょう……?」

 じっとりと血に濡れる、愛する女を抱える手が、小刻みに震える。
 常に傍に在り、今日まで己を見守り続けてきた黄昏色の瞳は力なく揺れ、今にも閉じられようとしている。
 胸の中央、心の臓より、こぽり、こぽりと、止め処無く溢れる命の紅水は、村正の纏う朱色の着物になんと映えることか。

「だから、もう……自分を責めないで。
 許してあげて。お願い……」

 責めるなと、愛する女が己に求める。
 これで許せと、死に往くままに希(こいねが)う。

 この期に及んで無茶を云う。
 責めぬわけがない。許すはずもない。
 誰よりも善悪相殺の呪いを知っているはずの自分が、謀(たばか)られたとは云え、またも大いなる過ちを犯したのだ。

 古人曰く、誤って改めざるが過ち。
 改められるはずがない誤り。もって拭えぬ過ちを、景明は、またひとつ重ねた。

「村正……」

 掠れた声が景明の喉から零れ落ちた。
 その声に応えるように、或いは聞こえずとも、それでも想いを伝えんがために。

 その唇が、もう一度、声にならない声で、────お願い、と。





 末期の言葉はそれ一言。





 そうして、愛憎の物語は幕を閉じた。

 しかし、湊斗景明は生きている。すべてを失って。

 最後に残ったかけがえのないもの────村正をも失って。







 其ノ銘ハ村正 〜 幕間ノ架空劇 〜







 景明は、またも酒に溺れた。いつかのように、味のしない酒に。
 瓶という瓶が空になるまで。潰れて前後不覚になり、生ける屍と化しても。

 思えば、本来、酒の味とはこういうものなのではないか、などと、益体も無い事を考える始末。

 恥知らずもここに極まる。
 犯した罪に何一つ報いず、かと云って逃避の自害など選べず。
 またしても、のうのうと生き続けている。

「景明……」

 ぴくりと、景明はその言葉に反応した。

 居間の戸口に立っていたのは、景明の上司、鎌倉警察署署長、菊地明堯(きくちあきたか)であった。
 やつれきったその表情は、やれ暗闇星人だの、死人のそれだのと揶揄された景明と、いい勝負ができるだろう。

「……」

「……」

 目線だけ交わした二人は、何も云わず、同時に逸らした。

 景明には、何か云えようはずもない。
 罪(ツミ)に罰(サバキ)も与えられず、ただ惰性に任せる様に呼吸を続けるだけの血と肉と糞尿の袋と堕した男が、今も市民のために心血を注ぐ偉大なる養父に、どんな言葉を吐こうというのか。

 明堯もまた、語る言葉を持てないでいる。
 すべての罪を景明に被せ、ただ待つがままに任せたことこそが、消せぬ負い目となっている故に。
 愚直なまでに勤めを果たそうとし、結果、悪を為し、その非凡なる意志の力で駆け抜けた義理の息子に、どんな言葉をかけてやればいいのか。



 ほんの数秒か、それとも一刻ほども経ったのか。

 時の流れも曖昧に、ただその場に佇み、口を噤んでいるだけの対峙。



「つい先程……入った情報だ」

 先に口を開いたのは明堯だった。
 その表情に苦渋の色を浮かべ、そして。







「GHQが、銀星号の残骸らしき劔冑を、回収したそうだ」







 告げられた言葉に、景明は発条(ばね)仕掛けのように跳ね起き、驚愕の表情を張り付かせたまま、胃の中身をぶちまけた。



 ◇ ◇ ◇



 銀星号(コード・シルヴァー)らしき劔冑(クルス)を近海で回収した。

 それはGHQの極秘情報。
 その情報の発信源は横浜、国連大和進駐軍基地。
 横須賀からGHQ本部施設にそれが運び込まれたというのは、一昨日のことだという。

 関東から中部にかけて張られた大和警察の網には、様々な情報が引っかかる。
 取るに足らない偽(がせ)が殆どを占めるが、中には目を見張るものも混じっている。
 このあたりは腐っても警察。国内の情報を集めるという一事については、いまだ確かな力を有していたのである。



 クライブ・キャノン中佐という諜報総監がいた。

 GHQの対大和政策も取り仕切っていた人物だが、裏の顔は新大陸独立派であり、大和の旨みは横から掠め取るつもりがあったという。
 だが、事が土壇場で露見し、柳生常闇斎の助けによって、半ば強引に鍛造雷弾投下作戦を指揮し、その後戦死したという話だった。

 ここで関わってくるのが、この人物の表の仕事である。

 それが、資料管理課課長という肩書き。
 大和から没収した劔冑(つるぎ)は、真打、数打を問わず、彼の管理下に置かれていたという。
 在りし日の雪車町は、その人物の元で仕事を請け負っており、その関係で、鈴川令法と風魔小太郎に、井上真改と月山従三位の二領を供与することができたらしい。



 すっかり見慣れた割られた月が、中天に輝く深夜。

 景明は、朱塗りの服に黒の具足という六波羅の軍装を着込んで、腰には雪車町の仕込み杖を帯びて、基地に忍び込んでいた。
 この軍装一式は、道端の無縁仏となった名も知らぬ六波羅軍人を丁重に葬り、拝借したものである。
 以前、銀星号の卵に心を奪われていた時、足利茶々丸と、ウォルフラム・フォン・ジーバス教授に連れられて来た記憶を確かめながら、建物の陰に隠れつつ、見回りの兵士をやり過ごしていた。

 演習場らしき広場がある。
 そこには無数の兵の群れが見えた。

 丑の刻(午前二時頃)に差し掛かろうという刻限にも拘らず、絶えず歩哨の哨戒が行われ、厳重に警備されているその場所に、銀星号の残骸が運び込まれたという、問題の倉庫があった。



 景明は、音を立てぬよう気をつけながら、懐から懐中時計を取り出すと、時刻を確認する。

 隙が生まれるであろう「その時間」まで、残り十四分。
 あとは待つだけであった。



 待ちながら、景明は考えていた。

 自分は今、一体何をやっているのか。
 銀星号の残骸を確認して、何をしようというのか。

(お前の好きなようにするといい。私は何も聞かんし、何も云えん)

 明堯の言葉に何を感じ、何を為そうとしたのか。
 そも、何が為せるのか。

 こうして身を隠し、頼まれてもいないことに首を突っ込み、そのくせ、目的すらはっきりしていないという愚かさ。
 酔生夢死(すいせいむし)に浸るよりは良かろうが、景明は、それでも動く己が手足に、疑念も持たずに従っている。



 ただ、予感だけはある。



 確信じみた、不思議な予感だった。
 数々の大切なものを自ら斬り捨て、最高の相棒を、最愛の女を失い、ただ暴飲と惰眠を繰り返すだけの己に、今再び、そして、最後の転機が訪れようとしているのだと。
 なんの根拠も無く、ただの錯覚ではないかと疑いもせず。

 そして時間はただ流れ、景明はじっと待ち続けた。



 懐中時計の秒針を睨む。

 時が────来た。







 どぉん、と、次いで、ずぅん、と、爆音が幾つも響いた。







 たちまち基地内部にサイレンが鳴り響き、歩哨が右往左往する。
 爆音はなおも続き、照明が、サーチライトが、次々に点灯し、辺りはたちまち明るさに包まれた。

 六波羅の夜襲である。

 長く続いている小競り合いに一石を投じるべく、また、盛り返した勢いを失わぬため、ついに大規模攻撃に踏み切った、今川雷蝶率いる精鋭の武者たちであった。
 出発前に明堯が、餞別代わりに今夜の襲撃時刻を漏らしてくれたのだ。



 基地のほぼ中央に位置するこの倉庫周辺から、迎撃に向かうため、兵士たちが息せき切って走り去っていく。
 たちまち辺りが手薄になると、景明は仕込み杖を抜刀し、ついに地を蹴った。

 狙いは残った三人。

 一人はここの守衛長、ほか二人は部下。
 武器は突撃銃、計三挺。迅速に為せば、いける。

「ッ!? 何者……がはっ!!」

 サーチライトの光が通り過ぎた所を狙い、影の中、疾走の勢いそのままに、不意打ちに一撃を加える。
 峰打ちの一刀が首筋をしたたかに打ち据え、守衛長はそのまま昏倒した。

「……貴様どこの、う、うおっ!?」

 体を返し、近い一人が構えた突撃銃の銃口を弾くついでに、その鼻先に刃を掠らせる。
 たまらず怯んだところで、軸足一転、高速反転し、回転運動の力を乗せて、背後の兵士の小手を打つ。

「!? ぐあッ!!」

 ぼきり、と。左手首を砕いた音が聞こえた。
 突撃銃は片手で撃ってもそうそう当たるものではない。
 ひとまずは良し。三秒四秒稼げればいい。

「き、貴様ぁッ!!」

 先程怯ませただけに留めた兵士が、こちらに銃口を構えるのを見て取った景明は、虎が伏せるように姿勢を低くして射線から逃れながら、大きく開脚し、右足の踏み込みとともに、脛を横から打ち据える。

 吉野御流合戦礼法、葦刈(あしかり)。

「ぎっ!?」

 そこからすぐさま、景明は、足首を砕かれ、崩れ落ちた兵士が地に伏せるより速く頭を掴み、顔面へと膝蹴りを叩き込んだ。
 膝頭にじんと残る感触から、鼻骨を粉砕し、意識を刈り取ったことを確信した。

「ひ、ひああっ!?」

 最後の一人。
 健気にも片手で突撃銃を構えようとし、ふらついて狙えず、狼狽えているその隙。

 踏み込んでの諸手突きで足の甲を縫い止め────突き刺したことを確認すると同時に密着、背後に回って裸締めに締め落とした。

「……お役目、ご苦労様です」

 数秒で三人を片付けた景明は、彼らの軍服のベルトで手際よく拘束すると、守衛長の懐から鍵束を拝借し、入り口で何本か確かめ、当たりを引いて鍵を開ける。
 頑丈なドアを半分だけ開き、猫のように滑り込むと、中から鍵を閉めた。





 景明は、知らず、息を呑んだ。

 その倉庫は普通のものとは何もかもが違った。
 大きさこそ並であるものの、恐らくは多層式の装甲板で丸々包み込んでいる外壁。
 そこかしこに据えられた、観測機器と用途のわからぬ機械の数々。
 この倉庫自体が、巨大な、通信遮断装置(アイソレーションボックス)のようなものか。

 否、それはいい。潜入中ということを忘れるほどの感嘆は別の理由からだ。



 まさしく、劔冑(つるぎ)の展覧場であった。

 見渡す限り、劔冑、劔冑、劔冑。それもすべてが真打と思われる。
 およそ二十領といったところか。

 姿かたちは様々の一語に尽きる。
 最も多いのは馬だが、それ以外も多種多様。

 雀蜂(すずめばち)、蜻蛉(とんぼ)、豺(やまいぬ)に、あれは羆(ひぐま)か。
 果ては、大蛇(おろち)や、蜥蜴(とかげ)なども見られる。

 管理のためであろう、無造作に張られたアラビア数字のラベルが無粋に過ぎるが、それでもその光景は景明を圧倒するものであった。



 ざっと見た限り、あの銀色の甲鉄の輝きは見られない。
 ひとしきり眺めた後、景明は奥へと歩を進めた。

 異形の獣と昆虫が両脇に並ぶ道を、景明は静かに進む。

 ここに居並ぶ真打劔冑は、厳重に管理されると共に、充分な保存処置もされているようである。
 すぐにでも使えるとは思えないが、状態は良く、この分では、専門の鍛冶師すら抱えているのかもしれない。
 ときおり感じる声なき声と、景明を見詰める劔冑の視線をひしひしと感じる。
 もしもこの無数の視線を矢に変えれば、景明は今頃蜂の巣になっているだろう。



 そうしてゆっくりと奥へ進む景明は、再び隔靴掻痒(かっかそうよう)の感に捕らわれていた。
 事ここに至って、己が何をしに来たのかがわかっていない事を思い出したからだ。

 歩みも遅くなろうというものである。
 こうして懊悩と煩悶を繰り返しながら、並んだ劔冑を眺めては、どれも装甲する気になれないと────







 ────待て。







 景明は、愕然として足を止めた。

 今、自分は何を考えていたのか。
 装甲する? 何故? 今更劔冑を求めて、何をしようと云うのだ?
 倉庫の真ん中で、真打劔冑に囲まれながら、景明は自問自答する。

 そうだ。自分は今、どういうわけか、戦う力を欲している。
 それは何故だ? 戦うとは何だ? 何と戦うつもりなのだ?
 すべてを失い、空っぽになった体を、今になって突き動かしている理由はなんだ?

 また、その手に太刀を取るのか。その身に甲鉄を纏うのか。
 数多の命を奪い、数々の悪行を積み重ね、その結果、ただ一人の肉親すら殺めた道の果てには、何もなかったのではないか。

 何もなかった。

 なにも。



 ────なにも。



 そもそも、自分は何故、村正を身に纏い、戦おうと思ったのか。
 戦い続けることの意義を、殺め続けることの理由を自問するのは一再に留まらなかった。

 ────そう。肉親を、湊斗光の暴挙を止めるためだ。
 ────そうだ。自分の意思で、自分が止めようと思ったからだ。

 傲慢にも一殺多生(いっせつたしょう)を良しとし、それでも善しとはせぬままに。



(ふざっけんじゃねェェェェェェェェ!!)



 そう吼えた敵がいた。そう。敵だ。

 一切の敵を持たぬ湊斗景明には、ただ一人敵がいた。
 悪鬼たる景明が、最後に殺めた者でもある。

(てめぇの理由とやらは聞かねえよ。だが、言っておいてやる。
 てめぇは誰も救っちゃいねえぜ…… 殺しただけだ。てめぇの勝手でなァ……)

 然り。まさに然り。まさしく悪鬼の所業である。
 故にこそ、景明は己の邪悪を信ずることができた。



 そして、すべてを終えて、罪から、過去から、緩慢に逃げていこうと汽車に乗るところで。
 逃げ続けていた過去に追いつかれた。



(江ノ島以来……だなァ? こうやって、不細工な面ァ突きつけ合うのは……)

 そうだ。あの時。

(てめぇは嫌々殺してた…… いつもそうだったんだろう?
 みっともなかったぜぇ…… 人を、殺しておいて…… 本当はこんなことしたくなかったんだって言いたくて、泣く。
 じゃあ、やるなってんだァ…… てめぇに殺された奴はみんなそう言うぜ。
 呪いの村正を抱えてどっかに引き篭もってりゃあ良かった……
 それを、てめぇはしゃしゃり出てきて……世界のためだか、より多くの人を救うためだか、誰も頼んでねえ使命を勝手に背負って、本当は殺したくねえくせに殺して……泣いた)

 景明は憎悪に駆られて、雪車町の言葉はほとんど聞き流していた。

(くだらねえ。勝手に殺しておいて、自分を憐れみやがるたァ……
 胸糞悪い。反吐が出るぜ)

 殴られながらも振るっていた長広舌。
 あの時雪車町は、なんと云っていたか。

(今はいい。いい面だ。
 憎んで憎んで、殺したくて殺したくて堪らなくて殺す面だァ。
 みんなそうやって、殺しゃあ良かった。……あの蝦夷の餓鬼共もなァ!)

 聞くに堪えない言葉だったにしても、あれは、覚えておかねばならないことではなかったか。

(殺せ。殺せェ……
 その面で、殺してみせろォ!)



 そうして殺した。
 石を振り被り、ありったけの殺意を乗せて振り下ろした。



 だがやはり。
 殺してはならなかった。
 たとえ復讐の念に捕らわれ、愛する女の仇を討とうとしたことであっても。

 なぜなら景明は、復讐を誰かに許したことなど無いからだ。
 何人も何人も殺し、その幾倍も、悲しみに沈む人を増やしながら、ただの一人にすら、殺人者である自分に復讐を許していないからだ。
 自分への復讐を許さない景明が、自分の復讐で他者の命を奪うなど、なんと傲慢極まる愚か者か。

 挙句にその憎き敵に欺かれ、最後に残った大切なもの、愛する女を、自分の手で殺める結果となった。
 しかるに因果応報。唾棄すべき悪鬼たる景明には、似合いのサバキであるようにすら思える。

 だが、過去、湊斗景明が人を殺したのは、災いを封じたかったから。

 結果だけ見れば、湊斗景明は目的を果たし、災いを────湊斗光を止めることができたのだ。



「────そうだ。思い出したぞ、雪車町」



 いつの間にか俯いていた顔を上げる。

「お前は言ったな。妖甲(むらまさ)を抱えて引っ込んでいれば良かったと。
 俺はそうしなかった。他に『やりたいこと』があったからだ。
 人を殺してでも、人を救いたかったからだ」

 人を殺し、その骸の上に平和を築く。
 それが、湊斗景明の選び取った道。

 そしてその道は、まだ半ばなのだ。二年前の事件に起因する災いは今なお世界に残っている。
 無数の対立、無数の騒乱の中、無数の人々が死んでいる。

 彼の使命────いや、目的は、まだ終わっていない。果たされていないのだ。

「続ける。これからもだ。人を殺して、人を救う。
 善悪相殺、俺はこれからも、この戒律とともに歩み、そして────」

 その瞳には黒々とした闇が宿り、魂の底に眠る暗黒を呼び覚ました。

「────この法を天下に布く。
 誰もが、それこそ闘争の真実なのだと知り、認め……
 忌み嫌うようになるまで、地上から戦いが絶えるまで」

 知らず、体は求めていたのだった。

 道半ばで屈するを良しとせず、内なる願いを凶刃(ハガネ)にせんと。

「────村正、お前に誓おう。
 俺は……俺の邪悪を信じる。
 己がなした殺戮の事実に懸けて……信仰する」

 願いは凶刃(ハガネ)となり、凶刃(ハガネ)は願いを砕いた。
 後に残ったものは、この、誓いだけであった。



 ◇ ◇ ◇



 明かりの点かぬ暗い倉庫の奥に、かの女王蟻は安置されていた。

 美しい銀色の甲鉄は無数の亀裂が走り、空恐ろしくなるほどだった力は気配すら既に無い。
 死す一歩手前、ただの鉄の塊にも等しい、変わり果てた二世村正であった。

《なれは……確か》

「御母堂、生きておいででしたか」

《ふん……どうも死に損なったらしい》

 伝わる金打声は力なく、然りながら、持ち前の気骨は衰えていない。
 もはや自律行動もままならぬ身であろうに、正道の願いと邪道の技を秘めた稀代の名甲────妖甲は、意思だけは些かも揺らがずに在る。

《して、このような場所へ何用あって参った。冑(あ)が娘も連れておらぬようだが》

「この手にて、殺しました」

 銀の村正は、暫時言葉を失った。
 だが、それもひと時。矛先突きつけるに似た勁烈(けいれつ)なる気を発し、問いかける。

《……問い直しはせぬ。何故(なにゆえ)に、如何(いか)にして》

「憎悪に駆られ、怨敵を殺し、善悪相殺の戒律にて」

 今度こそ、女王蟻は絶句したようである。
 景明はといえば、いつもの直立不動から、静かに膝を折って着座し、瞑目した。

 母親に娘を殺したと告げながら、こうも落ち着き払っている景明は、まさしく極悪人。
 その根底の願いがなんであれ、その所業こそが悪の証明。

 本人曰く、悪鬼たる証明とは、他者の命を踏みにじることが出来るか否か。それだけであると。

《善悪相殺にて……か。あの戒律をその身に受けながら、人が劔冑を……冑(あ)が娘を愛したと云うか?》

「包み隠さず申さば、愛しく思っております。今も、尚」

《……》

 両者の間に、沈黙の時が流れた。

 二世村正は、まだ自らが蝦夷、人の姿であった頃を思い出していた。
 この身を劔冑とし、超常の凶刃(ハガネ)となる直前の事、敬愛する父が案じていたことを。

(誰もが信を忘れ、義を捨て、人間の心さえも失おうとしている。
 あやつ一人が、人間として生きていかねばならぬのは、不憫、と思うてな)

 これが、結果か。

 自らも劔冑となったはいい。それこそが蝦夷の本懐。
 村正一門の願いの結晶たる、善悪相殺の戒律を宿したも良し。
 だが、その果てに、戦場で劔冑としての最期を迎えるまでも無く、仕手に愛され、愛ゆえに、一門の戒律によって泉下に往くとは。

 二世村正は、改めて景明を見た。

 その瞳に揺蕩(たゆた)う暗闇を認める。
 かけがえのないものを軒並み失い、連れ添った劔冑を、愛した女を己が手で殺した男。
 それでも、自暴自棄に見えないのが不可解といえば不可解であった。

《……村正一門の戒律に殉じたというならば、どうして冑(あれ)に責められようか。
 戦場(いくさば)の外で最期を迎えたは、哀れではあるが、むしろ、ようやった、と……褒めるべきかも知れぬ。
 共に歩み、最期を看取ったなれには、ご苦労であった……とだけ、云っておこう》

「……かたじけなく、存じます」

《なれば、最初の問いに戻らせてもらおう。
 数多奪われ、劔冑という力も失い、なお冑(あれ)の前に立ったは何ゆえか。
 ……いや、なれのことは御堂より散々聞かされた。稀なる律義者という面もあるとか。
 すると、冑(あ)が娘の最期を伝えるためであったか?》

「……それに加えまして、もう一つ、お願いの儀があって参りました」

《ふむ。申してみよ。冑(あれ)は最早がらくたに等しき身ではあるが、縁(えにし)浅からぬ者の願いとあれば、無下にはすまいぞ》

「は。では、恐れながら、お聞きいたします…… 二世右衛門尉村正殿。御身の────」

 着座の姿勢から、やや伏して頭を下げ、よく通る低い声で告げた。





「────御身のお力、僅かでも残っておりましょうか。就中(なかんずく)、善悪相殺の戒律は」





《………………………………………… ほう……?》

「僅かなりとも有りせば、御身の御力、この湊斗景明にお貸し願いたく。そのために、罷り越しました」

《問わせてもらおう。冑(あれ)の劔冑としての力ではなく、村正一門の戒律を欲するは何ゆえか》

「お答え致します。自分が誓い、求めるは────」



 自分が英雄気取りにならず、殺人を悪業として認識し続けるために、この戒律を求めるものである。

 殺人に正義などない。
 敵を斬り殺すことも、味方を斬り殺すことも、等しく「善悪を共に殺す」悪業である。

 劔冑鍛冶の作品は生涯一領。
 武者の駆る劔冑もまた生涯一領であるべし。

 なればこそ、劔冑にこめられた願いもまた己の道として共に歩むもの也。



《いまひとつ。なれはこの戒律、誰より理解しておきながら、憎悪に駆られ、独善を振るったな?
 再び同じ事態を迎えしとき、なれは如何にする? 冑(あれ)を纏いて、なんとするものぞ?》



 悪(にく)む。憾(うら)む。然れども斬らぬ。

 我が振るうは武の一刀。
 敵など居らぬ。味方など居らぬ。
 ただ武を恃む者をこそ、斬って捨てる。



 この身は武を憎む者なり。

 独善を排する者なり。

 悪鬼、村正なり。



 善悪相殺。この武の法を天下に布く者なり。
 その法に則り、武に身を置く万人とそれを競い、頂へ至る者なり。

「────是、湊斗景明、右衛門尉村正の求道(ぐどう)と共にあり続けんと、願い奉るもの也」



 着座し、伏したまま、景明は云い終えた。

 沈黙が降りる。
 女王蟻はそれ以上なにも問わず、ただ景明を見詰め続けた。

 外から聞こえる爆発音が大きくなっている。
 これまで大した成果を出していなかった六波羅の攻勢は、今夜に限って順調らしい。
 このままいたずらに時を過ごせば、じきに拘束した兵士を発見され、倉庫の中にも探索の手が及ぶだろう。

 景明は、ひたすらに待った。
 待って、待ち続ける事しばらく。

 漸う声がかけられた。

《冑(あ)が身、既に鉄屑に等しく、昔日の力、欠片も残らず、数打(まがいもの)にも劣る。
 残りしは、心鉄(しんがね)に刻まれた善悪相殺の戒律が宿るのみ。
 汝、武道を歩まんとし、それでも尚、冑(あれ)を求むか?》

「そのひとつにて充分」

 景明は間髪いれずに答えた。
 そんな景明に、女王蟻はまたも一瞬、息を呑み、そして。



《────くふ》



 小さく、童女のように、ワラった。

《申し分、無し》

 その声に景明が面をあげると、女王蟻は、いつかのように後肢(うしろあし)で立ち上がっていた。
 それだけで、甲鉄の表面に走った無数の亀裂から、銀色の切片が幾つも零れる。
 薄暗がりの中、非常灯の赤色光を跳ね返し、妖しく輝いた。

《なれこそは、村正一門の求めてやまぬ仕手と存ずる。座すはやめ、立たれよ、湊斗景明》

 長く正座していたにも拘らず、ゆらりと見事に立ち上がった景明を見て、女王蟻は喜びの色を深くした。

《このような穴倉に、夷狄の手によって押し込まれ、些(いささ)かならず憤慨しておったが……生き恥を晒しながら待った甲斐があったわ。
 待てば甘露(かんろ)の日和(ひより)ありとは云うが、よもや良き仕手が降ってくるとは思わなんだ》


 これもまた、奇縁である。

 肉親同士の争いに、肉親同士の劔冑を用い、片方ずつ失われ、一度は戦いを終えた関係が、どう転べばこのようなことに繋がろう。
 親を殺し、子を殺し、邪道の業に身を浸し、それでも願うは直向(ひたむき)な理想。
 仕手と劔冑は似たものが惹かれあうとの言い伝えもあるが、ここまでくれば、いっそ呪いと云えよう。

 景明と二世村正は、暫し見詰め合い、やがて。





《────構えよ!! 我が御堂!! 帯刀(タテワキ)の儀を交わそうぞ!!》





 甲高い金属音と共に、銀色の女王蟻は弾け、仕手の周囲を乱れ飛ぶ。

 包むように。囲むように。
 防ぎ護るように。閉じ込めるように。

 無言のまま、景明の左腕がゆらりと流れる。装甲ノ構。
 左掌にて顔を覆う、三世村正のそれとは違い、手の甲で口元を隠すように。



《 ────我が銘は村正 》



 帯刀(タテワキ)の儀。
 武人と劔冑(つるぎ)とが対面して互いの資質を問う。
 使い手として、武器として、双方が承認し合う────武家古伝の儀礼。



《我、鬼に逢うては鬼を斬り》

「仏に逢うては仏を斬るもの也」

《我、善に非ず。
 我、義に従わず。
 我、正道を往かず》

「汝、正邪を諸共に断つ、一振りの凶刃(ハガネ)也」



 この儀礼を終えて初めて武人と劔冑は合一し、異能の武者として再誕する。



《我との契りを求める者、我と共に凶刃(ハガネ)と生(な)る覚悟ありや? 無かりせば去れ》

「去らぬ。故に有り」

《有りせば────己が覚悟を宣誓す可し》



 こうして結縁した両者の魂は不離一体、万里の距離にも分かたれる事は無い。

 構えた左腕を伸ばして翳す。
 最後だ。絶対の宣誓を込めて、言葉を言霊と化して、告げる。







 鬼に逢うては鬼を斬る

    仏に逢うては仏を斬る

       ツルギの理ここに在り







 景明の手足に、舞い散る鋼が装着される。
 風は、大槌を振るったに等しい衝撃を撒き散らし。

 以前の妖しく美しい銀色の甲鉄は見る影もなく罅割れているが、宿る意思こそ美しいまま。
 幾度となく太刀を合わせ、滅さんとした仇敵。

 而して其の銘は、失った劔冑と同じく『村正』であった。



「村正、騎体状況はどうか」

《……情けない限りだが、目も覆わんばかりだ。甲鉄錬度も、騎体能力も、以前の十分の一にも満たぬ。
 包み隠さず云えば、修復し切っても、数打(まがいもの)並みの力しか振るえぬやも知れぬ。
 暫くは御堂の熱量に頼りきりになりそうだ……》

「先ほど聞いた。些細な事だ。それより、陰儀(しのぎ)はどうだ」

《……そちらはむしろ御堂の問題ぞ。熱量の供給さえあればいくらでも操って見せよう》

「ならば良し。飛べるか?」

《冑(あれ)の騎航は、合当理(がったり)を用いぬ。
 引辰制御による騎航ならざる騎航。これもまた御堂次第》

「む……承知」

 景明は、手を動かし、足を動かし、肩を回し、腰をひねり……一通り己の動きを確認する。
 罅割れた甲鉄も、見た目ほど酷い損傷ではない。まだ充分に強度を維持している。
 これならば、熱量の提供によって自然に修復されよう。
 それよりも────

《馴染む……な》

「ああ……不思議なくらいに、馴染んでくれている……」

 流石に心甲一致とまではいかないが、とても初めて装甲したとは思えなかった。
 景明も、二世村正ですら。

《在り方の一致……とでも云えばいいのかも知れんな》

「……在り方?」

《御堂よ、なれと冑(あれ)は、身魂の髄まで、似通っているのやも知れぬ、ということだ。
 ともに善悪相殺をその身に科し、親と子を……肉親をも殺めてすら、同じ道を進まんとしている。
 なればこそ……我らはとうに、深いところで合一を果たしていたのでは、とな》

「そう、か……成程、頷けぬ話ではない」

 景明は、置いたままにしていた雪車町の仕込み杖を手に取った。
 装甲して用いるには、強度の不安が著しいことこの上ないが、無いよりはいい。

「お前の仕様には合わんが、扱えそうか」

《見縊るでないぞ、御堂。
 回数こそこなせぬが、御堂が完成させた至芸、磁気引斥を利した抜刀術も、冑(あ)が辰気の技で再現して見せよう。
 娘に出来たこと、母に出来ぬと思うてか》

「……承知。期待させてもらおう」

 聞いてもいないことまで付け足して答える二世村正の声に、景明の口に笑みが浮かんだ。
 云われなくとも、三世(むすめ)と二世(はは)を比べることなどしようはずもない。

 そういえば、以前青江に見せられた過去の記憶の中で、体格は娘の方が「色々と」勝っていた。
 それを飽間(あきま)殿に指摘され、童(わらべ)のように頬を膨らませていたのが微笑ましかった。

《……御堂、今、冑(あれ)を嘲笑したであろう》

「気のせいだ」

 じゃれあいはさておき、新たに纏った劔冑(つるぎ)での戦闘に慣れるのは時間がかかろう。
 これからの戦いの中で練度を高めていく必要がある。

 とはいえ、まずは脱出である。

 外の騒ぎはいよいよ大きくなっていた。
 じきにこの倉庫にも被害が及ぶであろうことは想像に難くない。
 早急にこの倉庫を出て、基地の外へと逃げ延びなければ、GHQ、六波羅の、双方から狙われることになりかねない。

 だが────

《……御堂? どうした》

 振り返れば、この場に居並ぶ真打劔冑の数々が目に入る。

 これら一領一領が、何かの願いの元に造られ、鍛冶師の魂を込めた一品であると考えると、どうしても置いていくのが躊躇われる。
 見捨てることには、これから慣れていかねばならないと理解しつつも。
 今の最優先事項は脱出であり、それ以外は些事と割り切るべきである。

 だが、もし。

 この劔冑たちの「救出」と自分たちの脱出が、両方叶えられる妙手があるとすれば。

「村正。この場におわす真打の方々は、今も意志を失わず、仕手を求めて待ち続けているのだな?」

《無論だ、御堂よ。大和の民より奪われ、夷狄どもに閉じ込められても尚、真打は腐りもせずに待ち続けるだろう。
 この者達を救わんと欲する御堂の意は、冑(あれ)としても理解でき、また、同じく願ってもいる。
 だが……今は時も力も足りぬ》

「良し。充分だ」

《って、御堂? 何をする気だ? おい!!
 ええい、一族揃って劔冑に耳を貸さぬ奴らだ!!》

 景明は、倉庫の中央に立つと、調息したのち、大声を張り上げた。

「我、ここに願い奉る!!
 身魂を鋼に込めし鍛冶師の最果て、真打劔冑の御歴々よ!!
 これなるは右衛門尉村正!!
 この狭き夷狄の穴倉より大和の地へと戻らんが為、暫し我が言葉に耳を貸し給え!!」



 ◇ ◇ ◇



「猿どもがッ!! 調子に乗りやがって!!」

「一個小隊、さらに迎撃にまわせ!! コケにされたままでたまるかよ!!」

 奇襲を仕掛けておきながら、堂々と正門前に陣取った一軍は、存外に精強であった。
 その間にも南北から新手が加わり、近海では、艦隊による支援砲撃すら行うという粘着さを見せている。
 今までも散発的にあった夜襲とは規模が違う。

 加えて、上から下まで黄金造りという、冗談のようなブラッドクルスが、騎航もせずに地上で暴れているのだという。
 ゼネラルオーダーと思しきそのクルスは、真正面から、GHQのレッドクルス小隊を、虎が卵を踏み砕くように撃退しつつ、じわりじわりと迫っていた。



 ……………………ド……………ドド



《ファッ〇ン!! ロクハラのゼネラルは、デヴィルとクリーチャーのどっちだ!!》

《知るか阿呆(アスホール)!! いいから俺達も正門前へ急ぐぞ!!》

 一見しただけでは無茶が過ぎ、大規模攻撃と言えど迎撃も容易いかと思われたが、黄金のゼネラルに勇気付けられ、次から次へと波状攻撃を続ける六波羅の武者たちの進撃は止め切れず、基地内部まで侵入を許してしまったという。



 ……………………ドド………ドドド



 基地のほぼ中心部に位置するレッドクルスの格納庫(ハンガー)から出てきたのは、GR−08 トロールの中隊である。
 点呼する暇も無くブースターに火を入れ、次々と正門前へ向かって飛んでいく。

《GO! GO! GO! モタモタしてる奴はケツの穴をもう一つ増やすぞ!!
 全速力で援護に迎えッ!! ジ〇ップどもにこれ以上デカい面をさせるなッ!!》



 ………ドドド……ドド……ドドドド



《……あん?》

 半分以上が飛び立ったところで、漸うその異音に気付く者が出始めた。
 地響きのようなソレは徐々に音量を増し、まだロケットに火を入れていない者達に、周囲を確認させる。

《おい、あの音はなんだ?》

《ああ? 聞こえねえ! なんだって!?》







《村正、先制する。辰気鍍装(エンチャント)・蒐窮(エンディング)、いけるな?》

《ええい! 冑(あれ)はもう知らん!! ────辰気、収斂!!》

《吉野御流合戦礼法、飛蝗(ひこう)が崩し。辰気擲刀(グラビトン)、“呪(カシリ)”》







 まず閃光が突き抜け、次いで大音響と共に爆発が起こり、周囲を瓦礫と粉塵で包んだ。

《う、うわああぁぁぁッ!!》

《なんだぁあああ!?》

 在りし日の三世村正が、磁気引斥を利して脇差で使用した、飛刀術の再現である。

 今回用いたのは雪車町の仕込み杖。使われた陰義(しのぎ)は、二世村正の引辰制御。
 が、その威力には些かのかげりも見られなかった。

 付け加えるなら。
 三世村正の磁気引斥では、仕込み杖の鞘である白木には、鉄拵えの鞘ほどの力の浸透は見込めないが、引辰制御であれば過負荷と出力を充分に制御できる。
 また、脇差に限らず、刀には僅かな反りがあり、鞘から刀を撃ち出すと、どうしても軌道が逸れやすい。
 故に飛刀術には細心の注意が必要となる。
 しかし、仕込み杖の刀身は反りの無い直刀であり、射線の計算が容易なため、照準(ロックオン)の難易度も緩和される。

 大きく性能を落とした二世村正であっても、負担が少なく、また、安定した性能を見込める一撃といえよう。



 ………ドドドド…ドド…ドドドドド………ドドドド……ドドドドド!!



 ここにきて謎の異音はすぐそこまで迫っていた。
 しかし、あたり一面に濛々(もうもう)と立ちこめる粉塵のおかげで視界が悪く、レッドクルスの兵士達はまず視界を確保しようと、ブースターの噴射で周囲を払い────

《ファッ〇!! 一体なんだってん…………》

《クソがッ!! 何が突っ込んで…………》

 ────その「無数の大きな何か」を、漸う確認できた。
 その、異音の正体を確認したものは、例外なく絶句した。







 二十を優に超える、金属で造られた野獣と昆虫が、列を成して突撃してきていた。







 四足で疾走し、真っ直ぐ突っ込んできているのは、豺(やまいぬ)に、羆(ひぐま)。
 追随して、巨大な蜻蛉(とんぼ)が飛び、雀蜂(すずめばち)が飛び、他にも多数が、羽音を響かせ飛んでくる。
 大蛇(おろち)が、蜥蜴(とかげ)が、恐ろしい速度で地を這い、滑るようにして迫る。

《ぎゃっ!!》

《ぐぇ!!》

 後に続くのは、剛健な、金属の軍馬の群れである。
 馬鹿面を晒しながら案山子(かかし)のように突っ立っていたレッドクルスの兵士を次々と跳ね飛ばし、踏み潰す。

 先頭を飛ぶのは、銀色の劔冑。
 飛んでいくレッドクルスを一騎、引っ掴むと、装備されているグレートソードだけ剥ぎ取る。
 その後、まるで紙屑を放るように投げ捨てた。



 それは、異形の獣たち。

 銀色の武者が西洋剣を構え、先頭にてそれを率いる。

 真打劔冑の百鬼夜行(ひゃっきやこう)であった。



《御堂! おい、御堂、聞いているのか! ええい、後先考えず丸ごと連れて来おって!!
 この後どうするつもりだ! 今更後には退けんぞ!!》

「当てはある。とにかく今は進むのみ」

 進む先から聞こえる爆音にも負けぬ音量で、百鬼夜行の金属音が鳴り響く。

 景明が目指しているのは、今まさに激戦の繰り広げられている基地の正面ゲートである。
 この真打の数々を自分ひとりが連れ歩き、逃れることなどできはしない。
 まして、長く倉庫に閉じ込められていた劔冑たちは、先ほど景明が供給した僅かな熱量しか蓄えが無い。
 まずもって、逃避行など不可能である。

 その時だった。ぐらりと騎体が傾いた。
 慣れない辰気制御飛行に、景明は騎航の手綱を緩めてしまったのだ。

「……く、ぅっ」

《御堂!? しっかりせい! 今意識を手放せばすべて終わりぞ!
 この愚か者め…… 二十領以上もの劔冑に、僅かであっても熱量を供給して回るなどという暴挙に出ながら、辰気抜刀術まで使うからだ馬鹿者!!》

 ここ最近の不精が響き、景明もまた万全な体調ではない。
 そこへ熱量の大量消費があっては、もはやいつ堕ちてもおかしくない有様であった。
 二世村正の仕様には合わぬ、先ほど奪った西洋大剣をぶら下げていることも、バランスを崩す大きなマイナスである。

 しかし、先ほど雪車町の仕込み杖を飛び道具として使ってしまった以上、代用品が必要だった。
 光のように無手の技が秀でているわけでもない景明には、剣はどうしても必要だった。

《ッ!? 御堂!! 艮(うしとら)の上(かみ)!!》

「……む、ぅッ!?」



 油断であったと責めるのは酷であろう。
 今や景明は騎航するのがやっとの状態であり、まともな判断すら思うようにいかない体たらくである。

 突然空中から襲い掛かってきたGR−08 トロールに、反応せよということは無理難題であった。

《避けろ御堂────!!》





 二世村正が叫ぶ中、空中から西洋の数打が迫る。

 しかし、劔冑の状態は最悪に近く、己の体は木偶人形にも等しいこの状況。

 振り下ろされる大剣は、ことさらゆっくりに見えた。

 避ける事など出来はしない。なにしろ飛んでいるのがやっとなのだ。

 間もなくあの刃はこの身を打ち据え、地へ堕とすだろうと思われた。





 しかし、しかしだ。

 景明はいつかもこんな状況に陥ったことがあったような気がして────









(消えちまえ…… 半端野郎がァァァァァァ!!)









「……………………ゲェァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!」









 振り下ろされた西洋大剣は、敵騎を────GR−08 トロールを、正中線で、二つに断ち割っていた。



《……御堂。 …………御堂!!》

 二世村正の、ここ数分ですっかり聞きなれた声が響く。
 沈着冷静なこの劔冑にしては珍しい、困惑した声音だった。

「……ああ……」

《……今……なれは、何を……したのだ? 武者を……甲鉄を、一刀の元に両断するなど……》

「至って、いたか…… いや、今はいい。あとにしろ……
 それよりも、装甲を解除しろ。この姿を見られるのはまずい」

 もう、幻影は消えていた。

 二世は訝しみながらも装甲を解除した。
 たちまち体に吹き付ける夜風は、焦げ臭さの中に、血の臭いが混じっている。

 眼下を走る劔冑の軍馬に飛び乗りながら、景明は思考の海に揺蕩(たゆた)っていた。



(────ひとり、殺したか)



 ◇ ◇ ◇



 甲鉄の隙間を精妙なる一太刀にて、横薙ぎに払う。
 一瞬遅れて、レッドクルスの首が放物線を描いて飛んでいった。

 今や六波羅の最高司令官となった今川雷蝶が斬り捨てた敵騎は、これでちょうど三十。
 情勢の変わった今、戦いの長期化を嫌った雷蝶が、ごり押しして計画した襲撃は、意外にも順調であった。

《いける……いけるわ!! 何よ、案(あん)ずるより産むが易(やす)しの言葉通りじゃないの!!
 これだったらもっと早く実行に踏み切っておくべきだったわね……》

 倒れた相手に一瞥もなく、今川雷蝶は順調な戦況に、嬉々として独り言(ご)ちる。
 多大な損害いまだ癒えぬ六波羅にあって、一人気炎を吐いていた雷蝶だったが、今は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)たる心中の念を戒めるのに苦心している有様であった。

 と、その時、傍にいた部下が素っ頓狂な声をあげた。

《閣下!! あ、あれを! あれをご覧下さい!!》

《何よ! 麿(まろ)の臣下がみっともない声出すんじゃないわよ!!
 一体なん…………ってェエエエエエエエエエエエ!?》

 部下を譴責(けんせき)した雷蝶は、その部下に勝る奇声を上げるはめになった。
 景明の引き連れた真打劔冑の百鬼夜行を目の当たりにしたからである。

 劔冑たちは速度を落としながら正面ゲート、六波羅の兵士たちの中で停止し、景明はそのまま雷蝶の足元に頽(くずお)れた。

《こ、これは……閣下! これは奴らが奪っていった真打の劔冑ですぞ!》

「っか……いまがわ……中将閣下……」

《っ!? あんた、湊斗中佐!? 今までどこに雲隠れしてたのよ!!
 あんたもこの作戦に参加していたの!? っていうかこの真打はどうしたのよ!?》

「一身上の都合により……土壇場で駆けつけ、単独で潜入し……資料管理課の倉庫に、忍び込み……奪還して参りました……く、ぅあ……」

 息も絶え絶えに報告する景明を、雷蝶は思わず膝丸を装甲したまま助け起こす。
 景明の顔色は、既に死人の如き蒼白であった。

 ────元からだが。

《ちょっと!? しっかりしなさい!! 湊斗中佐!? あんた茶々丸の犬じゃなかったの!?》

「勇猛なる今川中将閣下……自分が、堀越公方にお仕えしていたのは……銀星号を探るため、で、あり……ぅ」

《っっっ! ああもういいわよ!! 倉部! この唐変木を連れて下がりなさい!!
 この劔冑も急いで運ぶのよ! 幸い自律行動してくれているみたいだし、迅速に後退なさい!!》

《ははっ!》

《中佐!! 後でたっぷりと聞きたいことがあるから、覚悟しておくのね!!》

 そう云い捨てると、雷蝶は膝丸の合当理に火を入れ、最後の詰めを行うべく、部下の数打を引き連れて空へと舞うのだった。

《中佐殿、失礼致します》

 残された景明のもとへ、倉部と呼ばれた武者が駆け寄り、慎重に抱き上げると、後方の陣まで、真打劔冑と共に運んでくれた。

「……迷惑を、かける」

《なんのこれしき。夷狄どもから我ら大和の真打劔冑を奪い返したは、久しく聞かぬ大戦果!
 詳しい事情は存じませぬが、今はご無理をなさらず、後方にてお休み下され!》

「すまん……あとを頼む」

 完璧な敬礼をして見せた武者に、景明はなんとか答礼することができた。
 それを確認した倉部某は、合当理の爆音を響かせて空に消えた。

 しかし、雷蝶と倉部某が戻った時、真打劔冑だけをその場に残し、歳若い中佐は消えていたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「……ッ!? 銀星号!?」

《…………明堯様》

「……景明!?」

 鎌倉、警察署長宅の庭先。
 居間で仮眠していた菊地明堯の前に、再び装甲した景明が、数打劔冑のものと思しき太刀を携えて佇んでいた。
 無駄と知りつつも己の刀を抜刀し、正面から向き合うその姿に、景明は尊敬の念を深くしたが、明堯がそれを知るはずもなかった。

 景明は左手を鯉口にあてがい、二世村正の目を通して、じっと養父を見詰めている。



 ただそれだけで、明堯は、すべてを察した。



「────私の番、なのだな」

 ゆっくりと、囁くように零れ落ちた言葉に、景明は、ひとつ頷いただけだった。
 明堯はその顔に諦念を浮かばせ、構えた刀の切っ先を下げた。

「最後に聞かせてくれ。お前は……その劔冑で、何を為す?」

 その問いが答えられるまで、沈黙が流れたが、それも僅か。
 装甲したまま、劔冑を通して返答した。

《戦いの、武の根絶を》

「武の根絶……? 景明、そんなものを志してどうする? そもそも、武とは何を────」

《────武とは何か。そのようなことを自分に問うのですか》



 明堯は途中で景明に遮られ、その先の言葉を呑み込んだ。



《どう……お答え致しましょう。
 正義を翳し、悪を討つ刃か。
 力無き者を護る盾か。
 天下泰平を導く道か。
 武が何かと問われるなら、自分に授けて頂いた、吉野御流を振るわれるがよろしいかと。
 それをご自分でも、他人でも、お好きな者に叩き込んでみて頂きたい》



 景明の、二世村正の雰囲気が、見る間に変わっていったからだ。
 恰(あたか)も、愚かな問いかけに赫怒(かくど)するかの如く。



《どうなりましょう? 何が起こりましょう?
 たった一つの結果しか起こりません。
 そう! それが答え! それが全て! それが武道!!
 そんなものを振り翳して、正義? 護る? 平和?

 ふ、ふっふっふっはっは。はっはっはっはっはっ!!

 この世を平和にしたいなら、武道が消えて無くなればいい!!
 あらゆる武器、あらゆる武人が、剣も槍も銃砲火器も貴方も俺も!!》



 狂笑に、深い怨嗟の響きを乗せて、景明の闇が吐き出された。



「景明!? お前は……!!」

《明堯様…………》



 不意に景明の鬼気が拭われた。
 明堯は、景明の、名を呼ぶ呟きに気付いただろうか。

 景明の胸中には、昔日の思い出が溢れんばかりによみがえっていた。



 次郎君、と、古い名前を呼ぶ明堯。

 自分の息子として迎えようと云ってくれた明堯。

 新しい名前を与えてくれた明堯。

 新たな家と、敬慕すべき母にも巡り会わせてくれた明堯。

 この手を取って、剣を教えてくれた明堯。

 ────温かな微笑みを浮かべる明堯。



 今際(いまわ)の際(きわ)に駆け巡るという走馬灯を、養父の代わりに見るように。
 その悉(ことご)くを、腹の底へと飲み下して。



《お別れで、ございます》



 そうして、湊斗景明は、またひとつ、親殺しの罪を犯す。
 神速の一刀は狙い過(あやま)たず、菊地明堯の首を刎ねた。



 翌日、その遺体は奉公人の牧村女史によって発見された。
 彼女が菊地明堯にどんな想いで身を寄せていたかは定かでないが、今となっては詮無きこと。

 女史が号泣しながら洗い清めたその首は、血よりも泪(なみだ)で濡れていたという。



 ◇ ◇ ◇



 太陽は中天に昇り、見渡す限りの田園に、蕭々(しょうしょう)と風が哭(な)く。

 その開けた空間には、小屋のひとつも、樹木の一本も、遮蔽物は何もなく、一里先をも見通せる。
 畑には雀の子の一羽すらなく、水気が失せて罅割れた土だけが、風に晒されていた。

 そして、田園風景の真ん中に、一筋走る荒れた道がある。
 その脇にぽつんと置かれ、やや傾いた、小さな地蔵の前。

 伸びるがままの雑草の上、静かに座しているのは、湊斗景明であった。

《────御堂》

「……戻ったか」

 その背後に、銀色の女王蟻が姿を現した。
 甲鉄の損傷も、どうにか見える範囲は修復された、二世村正である。

《次の関所は警戒が厳しい。……すまぬ。今の冑(あれ)では彼奴らの目を誤魔化せそうにない。
 情けなきことよ……劔冑が仕手の足を引っ張るなど、このような体たらく、亡き御父(おと)が知ればどれほど嘆こうか》

「構わん。迂回すれば済むこと。気に病むな。そうと知りながら結縁を求めたのは俺なのだ」



 鎌倉を離れた後、関東平野の北部、那須に落ち延びた景明と二世村正は、各所に据えられた六波羅の目を掻い潜りながら、北に進路を取っていた。

 特に明確な目的があったわけではない。
 ただ、これから先、戦に身を置かんとする景明が、新たに生まれるであろう敵を、北の果ての国に感じ取っただけであった。

 ともすれば野垂れ死にそうな当てのない旅だが、そうそう食には困らなかった。
 途中、金神の光雨によって滅んだ宿場町がいくつもあり、時にはそこで屋根を借りた。
 また、滅んで間もない宿場には、探せばいくらでも腹を満たすものが手に入った。
 人っ子一人居ない集落では、風呂すら勝手に使ったこともある。

 墓所を荒らすに等しい振る舞いだが、景明は、今更頓着しなかった。

《そうは云われてもな……ふむ。で、あれば》

 六本の肢(あし)で這っていた女王蟻は、おもむろに後肢(うしろあし)だけで立ち上がる。
 そして光が一瞬放たれた後、二世村正は、年頃の、蝦夷の娘に姿を変えていた。

 褐色の肌。趣き深い黄昏色の瞳。彫りが深めの細やかな風貌。

 血のなせる業であろう。その面差しは、在りし日の────





( 貴方ってたまに子供っぽいことするのよね )

「 ……ッ!? 」





「この姿で、人に混じってやり過ごすとしよう。
 熱量の節約にも、甲鉄の修復にも、この方が────御堂?」

 その姿を、景明は、目を見開いて見つめていた。
 直後、小首をかしげた二世村正に見返され、ばつが悪そうに視線を逸らす。

 暫し訝しげにしていた二世だったが、漸う合点がいったか、虚空を見詰める景明の背を睨む。

「……この姿に、冑(あ)が娘を思い出したか?」

 その問いに、景明は答えない。
 悲哀に瞳をゆらめかせ、黙っているだけだった。

「 腑抜けた面(つら)を晒すなッ!! 」

「ッ!!」

 そんな主に、二世村正は容赦なく怒声を浴びせた。

「武の道を進まんとする者が、そのように、いつまでも鬱(ふさ)ぎ込むでないッ!!
 帯刀(タテワキ)の儀の際、冑(あれ)に誓いし覚悟は偽りであったか!?」

 景明は、はっと両眼を見開いた。

 二世村正の痛烈な言葉が、景明の胸奥に突き刺さる。
 そうだ。元を質せば、これは己の招いた事。

 愚かしくも敵の奸策に陥り、独り善がりの怒りに身を委(ゆだ)ね、敵を殺めた。
 罪の報いが己に返るを許さず、生贄として、愛した女の命を奪った。

 そんな人でなしが、悲嘆に暮れる資格などあろうはずもない。

 いつか誰かが云っていたではないか。
 己の勝手で殺しておいて、それで自分を憐れむなど反吐が出ると。

 いつも自分に云い聞かせていたではないか。
 殺しておいてから流す涙など、最も醜悪な偽善に過ぎぬと。

 景明は、丸めた背中を伸ばした。
 もはや瞳に揺らぎは無い。

「醜態を晒した。もう大丈夫だ」

 悪鬼なら悪鬼らしく振る舞う。
 人殺しなら人殺しらしく嘲笑う。

 我は悪鬼。傲岸不遜な殺人者。
 その傲慢なる道の果てに、武の頂に至らんとする求道者。
 一殺多生を志し、邪道の道を歩む者。

 景明の心から、迷いは一切消え去った。



 ────不意に、くい、と。景明の襟が引かれた。

 いや、引かれたというか、引き倒されたというか。

 苛烈に一喝した二世村正の表情から、いつの間にか険は消えていた。
 真っ直ぐに前を見据えていた景明の頭を抱えると、そのまま、ぽす、と。





 柔らかな腿(もも)の上に乗せ、その頬を優しく撫でた。





「なれは……云うてみれば、冑(あ)が娘の婿も同然。
 これからは、冑(あれ)がいつでも傍らにある」

 呆気に取られた景明を余所に、二世村正は穏やかに語りかける。
 娘と同じ黄昏色の瞳に慈愛を湛え、まるで我が子にそうするように。



「迷いなく進め────義子(むすこ)よ」



 景明は、己が心の脆弱さに恥じ入った。
 なんと調子のいいことか……甘えを固く禁じたはずが、もう温かさを受け入れている。

 その膝の、劔冑にあるまじき温もりを。

「村正……」

「なんだ」

 景明が呼べば、新たな劔冑はすぐ応えた。

 劔冑。
 それは力。
 唯一無二なる武者の半身。



「力を、借りるぞ」

「捧げよう。御堂が望むままに」



 唐突に吹いた風が、二人の前髪を真横に揺らす。
 血肉を分けた子を死なせ、なおも願ったその祈り。
 行き着く先は、誰が知ろう。

 愚者にも賢者にも、力ある者にも、なき者にも。

 この世に在って、平等に降り注ぐのは、ただ陽の光だけであった。







 悪鬼と成りて、愛にて散りぬ。

 然れど願いは滅びず残り、結びし縁はまた呪い。

 纏うは妖甲、善悪相殺。堕つは村正、往くも村正。







 〜 了 〜